疑う方向が逆!

逆 気付き・心の在り方

 

私達は現実を変えたくて潜在意識などのスピ関連に辿り着きましたよね?

現実を変えるためにアファメーション

現実を変えるために『なる』

現実を変えるために情報を求めて奔走する……。

そして頑張ってるのに「全然現実が変わってない!」って嘆き、

「やっぱり私には潜在意識を使いこなすなんて無理だ!」っていうループ。

 

現実ありきで自分の内面を疑っているんです。

現実が変わってないんだから、潜在意識をなんとかしないと!と。

『なる』をしても、現実をチラ見して『なる』を取り下げてしまった!

と感じるのも、なった自分よりも現実の方を信用しているからです。

現実を崇拝しているんです。

目に見える現状を無条件で真に受けている。

 

よく聞く「不足を疑う」や「現実を疑え」とはその通りの意味なんですが、

現実信者のフィルターを通すと意味合いが違って来ちゃうんです。

現実信者は『不足を疑う』や『現実を疑う』というのを

一種のメソッドのように解釈してしまう。

不足を疑ったら、現実を疑ったら現実が変わるかも!という期待をする。

それでは効果は見込めないと思います。

だって内面は全然変わってない、現実信者のままなんだもん。

 

望んでいたいだけだったという記事で、

みんな誰でもレベル99のチートだという話をしました。

この記事を読んで「おおそうか!」と思える人はどれほどいるでしょうか?

 

「馬鹿なことを言っている」

という好意的ではない印象を持つ人の方が多いと思います。

しかし、

だからこそ、いつまでもループから抜け出せないスピ難民を続ける羽目になっているんじゃないでしょうか?

現実ありきで内面の自分を過小評価してりゃ、

いつまでも現実に怯えるちっぽけな自分がループするのは当たり前なんです。

 

内面ありき!

内面の自分が『自分は金持ちだ』と決めたらそうなんです!

内面の自分が『自分は可愛い』と決めたらそうなんです!

内面の自分が『自分は愛する人とラブラブだ』と決めたらそうなんです!

 

 

そこで現実を見て胸がズキッと痛んでも、

それは自分になりすましてるエゴがやってるだけのこと。

内面が安定してもエゴはチョロチョロしてます。

そんで現実をジャッジして、こちらをそそのかそうとする。

でもエゴ自体に力はないんだからチョロチョロさせときゃいいんです。

エゴの言葉を真に受けて右往左往するからややこしくなるんですよ。

 

チートの自分は常にどっしりと構えてる。

ブレずにずっと自分の内面に在る。

それを否定して現実の方を信用して「現実が変わらない」という現実を創っている。

 

疑うのは現実の方なんですよ!

しんに疑うべきは、日頃当たり前に受け入れてる現実の方なんです。

 

レベル99のチートな私になる!と決めたなら、

内面ではもう『レベル99のチートな私』なんです!

モテる私になる!と決めたなら、内面ではもう『モテる私』なんです!

現実がどう見えていようが、

どんな不都合なジャッジをしてエゴが騒ごうが、関係ない!

 

内面はレベル99のチートになってるんだから、そう見えない現実の方が嘘でしょ。

不都合なように見えているその知覚の方がおかしくない?

 

内面ありきになってくると、

そんな風に現実や不足を当たり前のように疑えるようになるんです。

疑おうとして疑うんじゃなく、現実を変えたいから疑うのでもなく、

内面に追いついていない現実が不思議に思えてくるからです。

 

現実ありきではなく、内面ありき!

いちいち現実の顔色を窺わない!

「なった」自分の立ち居地を疑わない!

なった自分の立ち居地でどっしり構えて

「おかしいのは現実(とか知覚)の方だし」って態度なのが正解。

慣れるまでは違和感だらけだと思いますが、やっていくうちにちゃんと慣れます。

 

 

 

本日も最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました!

 

コメント

Verified by MonsterInsights
タイトルとURLをコピーしました